仏国寺<ユネスコ世界文化遺産>
仏国寺(プルグクサ)は1995年ユネスコにより世界文化遺産に指定された世界的な遺蹟地で慶州を代表する遺蹟地です。寺自体の秀麗さと石造遺物の優れた芸術美はすでに世界に広く知られています。
仏国寺は新羅 第23代 法興王(在位 514∼540)15年(西紀 528年)に建てられ、その当時華嚴仏国寺, あるいは法流寺と呼ばれていました。その後 751年 景德王(在位 742∼765) の時に金大城(700~774)に始められた工事は774年 恵恭王(在位 765∼780)になってようやく完成しました。17年間の長い工事を最後に仏国寺という名前が付けられました。 高麗(918~1392)時代を経て朝鮮(1392~1910)時代まで仏国寺は何度か建物を修理しながら維持しましたが朝鮮 1593年 宣祖(在位 1567∼1608)の時に壬辰倭亂(日本による朝鮮侵略戰爭/ 1592~1598)に 建立後819年目に木造建物全部が消失しました。
そのため 1604年(宣祖 37)頃から再び建て始め1805年 朝鮮 純祖(1790~1834) の時まで 40数回に渡り部分的な補修がなされました。しかしその後多くの建物が破損や盜難等の不幸な歴史を経験しました。 1969年 仏国寺 復元委員会が構成され跡だけ残っていた 無説殿 ·観音殿 ·琵盧殿 ·經樓 ·廻廊 等が 復元(1973年)され,大雄殿 ·極樂殿 ·泛影樓 ·紫霞門 等が古くなったり壊れた部分が修理されました。 現在 仏国寺には多宝塔(国宝 20)、釋迦塔(国宝 21)、蓮華橋.七宝橋(国宝 22)、靑雲橋 ·白雲橋(国宝 23)、金銅毘盧遮那仏坐像(国宝 26)、金銅阿彌陀如來坐像(国宝 27)、舍利塔(宝物 61) 等の多くの文化財が残っています。
1962年国宝に指定された多宝塔(タボタプ)と釈迦塔(ソッカタプ)は韓国を代表する石塔で10.4メートルあり、大雄殿と紫霞門の間に東西に分けられて立てられています。東にある塔が多宝塔で、西にある塔が釈迦塔。釈迦塔は2層の基壇の上に建てられた3層の塔で、韓国の一般的な石塔です。多宝塔は十字模様の基壇の上に四方に石段を立て、その周りは四角い欄干で囲まれた八角形の塔です。この塔は石で作られたということが信じられないほどすぐれた設計により製作されており、釈迦塔に比べると昔のままの様子を保っています。 仏国寺の礼拝堂である大雄殿と極楽殿に上ぼる道の東には青雲橋と白雲橋、西には蓮華橋と七宝橋があります。大雄殿に行く紫蝦門と繋がった青雲橋と白雲橋は、橋の下の一般人の世界と橋の上の釈迦の世界を渡す架け橋の意味を持っており、下にある青雲橋が17段、上は16段の白雲橋で全部で33段あります。青雲橋と白雲橋はそれぞれ青年と老人の姿、すなわち人生を象徴していると言われており、新羅時代の橋としては唯一完全な形で残っている非常に珍しい国宝級の文化財です。
青雲橋と白雲橋から見上げれば左側にあるのが泛影楼(ポミョンヌ)。 この泛影楼は751年に建てられたもので、1593年の壬辰の乱の時倭軍によって破戒され、朝鮮時代には二度にわたって修理されました。現在の姿は1973年の復元工事の時のもので、本来の姿より縮小されています。 泛影楼は、下の部分を大きくとり、中間で細くなってから上部で更に大きく広がるという形態で、積まれている柱は8個ずつ別の石になっているだけではなく東西南北の方向に組み立てられているという点が特筆すべき点です。現在泛影楼は石造の亀の彫刻の上に法鼓が設置してあります。
石窟庵は西紀 751年新羅景徳王の時当時宰相だった金大星が創建し始めて西紀 774年の新羅恵恭王の時完工したし,建立当時の名称は石仏寺で称した. 石窟庵の石穴は白色のお影石嶺を使って吐含山中腹に人工で石穴を逐造してその内部空間には本尊仏である釈迦如来仏像を中心にその酒癖に菩薩像及び弟子像と金剛歴史上,天王上など総 39食あたりの仏像を彫刻した.石窟庵の石穴は長方形の前室と原型の主室が通路で繋がれているのに 360余個のパンソックで原型主室のグングリュングチォンザングなどを巧みに構築した建築技法は世界に類例がない.石窟庵の入口側に位している平面方形の前室には左右で 4球ずつ 8副腎場を置いて通路左右入口には金剛歴史上を彫刻したし,狭い通路には 2球ずつの四天王像を彫刻した.
主室入口には左右で 8各石柱を建てたしこちらを通れば平面原型の主室で本尊は中心から少し後に安置されているし入口左右からチョンブ像 2球,菩薩像 2球,羅漢上 10球で酒癖を満たして本尊ゾングフミョンには十日兔官蔭補殺傷がある. 切れにおいて円熟する漕法とリアルな表現で完壁に近い釈迦如来上,10球の顔と電信が派手に彫刻された十日兔官蔭補殺傷,仁往相の勇猛,四天王像の威厳,主室内の菩薩たちの柔軟優雅な姿,羅漢上たちの個性ある表現などは東アジア仏教切れの最高の傑作とするでしょう. 特に,主室内に法案されているグプタ様式の本尊仏釈迦如来ドルは静かで蓮華座した姿,細くした目,穏やかな眉毛,眉間に立ちこめている賢さ,今でも言いそうな口と,鼻,長く垂れた耳などそのすべてのものが内面に深い崇高な心をおさめるように造成されたこととして世界でも一番理想的なミールを代表している.
この石穴は新羅時代の全盛期に成った最高傑作に評価されて,その造営計画において建築,修理,幾何学,宗教,芸術が総体的に実現したのだ. 石窟庵石穴は国宝第24号と指定管理されているし石窟庵は 1995年 12月仏国寺と一緒にユネスコ世界文化遺産で共同登録された. 慶州吐含山頂上に及ぶ事ができないg奥深い所に東海に向けて座っている石窟庵は完璧でずば抜けた切れ科独創的建築で全世界に名前が高い. 人工で石穴を逐造してその内部空間にも本尊仏を中心に総 39食あたりの仏像を彫刻した.石窟庵は前室,通路,主室で成り立った. 方形空間である前室には八部衆上と金剛歴史上があって,四天王像(四天王像)がある狭い通路を通ればグングリュング(Dome)天井で編まれた原型空間の主室が出る.主室の中央には釈迦牟尼大仏があって,壁面には入口から梵天上(梵天像)と帝釈天上(帝釈天像),ボヒョン(普賢)·文殊(文殊)菩薩像,そして十代弟子像(十代弟子像)が対称を成すように彫刻されている.