ソウル Tour

古宮

ソウルには、五大宮と呼ばれる朝鮮宮廷が残されています。景福宮(キョンボックン)、昌徳宮(チャンドックン)、昌慶宮(チャンギョングン)、慶熙宮(キョンフィグン)、徳寿宮(トクスグン)の五つ。風水地理上、山と水が調和した場所に位置する古宮は、600年の歴史を刻んでいます。現代的な都会の建物の中で堂々とたたずむ古宮。一度は必ず訪れる景福宮、世界遺産の昌徳宮は有名ですが、決してそれだけではありません。それぞれの歴史と建築物の美しさ、そして見所が。ソウルで五大宮巡りをしてみませんか?

景福宮(キョンボックン)
朝鮮時代(1392~1910)の正宮、景福宮(キョンボックン)は韓国を代表する古宮のうちのひとつです。朝鮮開国時に建てられ、王が生活をしながら臣下と政治の議論を交わしていました。その後も多くの宮殿が建てられましたが、これほど壮大な規模を誇っているものは他にはありません。韓国を代表する名園、慶会楼(キョンフェル)と香園池(ヒャンウォンジ)がそのままの姿で残っており、美しい景色を堪能することができます。景福宮には数多くの文化財がありますが、その中でも見所は、国宝224号に指定されている慶会樓(キョンフェル)。 国宝にも指定された慶会樓は国に祝事があったとき、宴をもよおすために作られた楼閣で、公式的行事以外では誰も入ることができませんでした。



昌慶宮(チャンギョングン)
朝鮮王朝第4代王・世宗(セジョン)により建てられ、第9代王の成宗(ソンジョン)が3人の大妃(現王の母)のために宮殿を再建。西側には昌徳宮が隣接しており、独立的な宮廷の役割をと同時に昌徳宮の足りない住居空間を補充する役割も果たしました。 昌慶宮の見所は、国宝226号に指定されている明政殿(ミョンジョンジョン)。昌慶宮の正殿である明政殿は、かつて即位式が行われたり、王が臣下から祝いの儀式を受けたりする場所として使用されました。天井には王を意味する龍が金色で描かれており、現存する朝鮮王宮の正殿のうちでは最も古いもの。 景福宮や昌徳宮の正殿は南向きに建っているのに対し、明政殿は東向きに建っているのも特徴です。



慶熙宮(キョンフィグン)
昌徳宮、昌慶宮が東闕と呼ばれていたのに対し、慶熙宮は西闕と呼ばれていました。朝鮮時代後期は昌徳宮、昌慶宮と同様に離宮としての役割を果たしました。 二度に渡る火事や戦争の被害により、多くの宮殿、建築物が焼失、売却、移築され、数個の建築物だけとなりましたが、最も栄えていたときは100もの宮殿も。 慶熙宮の見所は、泰寧殿(テリョンジョン)の後にある奇妙な形の岩、瑞岩(ソアン)。この岩には源泉があり、王の岩という意味の「王巌」と呼ばれていました。その名前から第15代王・光海君がここに慶熙宮を作ったという説もあります。



徳寿宮(トクスグン)
成宗の兄である月山大君の屋敷でしたが、1592年の文禄慶長の役によって王宮が全焼。その後、離宮として使われ始めました。 徳寿宮の特徴は、激動期である朝鮮時代末期の西洋建築と伝統建築が共存する点。宮廷建築と西洋建築が同じ空間に建っており、他の宮廷では見られないユニークな建築様式になっています。 近代化時代の激動の歴史が詰まった王宮ですが、都会のオアシスとしていつも多くの人で溢れています。 また、徳寿宮の外壁に沿ってある石畳の道はトルダムキルと呼ばれ、散歩コースとして有名な所でもあります。



昌徳宮(チャンドックン)
昌徳宮(チャンドックン)は1405年に、正宮である景福宮(キョンボックン)の離宮として建てられた宮殿です。文禄・慶長の役ですべての宮殿が焼失しましたが、1615年に第15代王・光海君(クァンヘグン)が再建し、景福宮が再建されるまでの約270年間、正宮としての役目を果たしました。朝鮮時代の宮殿の中で王が最も長く住んだ王宮です。 ほかの多くの王宮が戦争や火災、あるいは植民地時代の日本の支配によって本来の姿を多く失っているのに対し、昌徳宮は保存状態がよく朝鮮時代の趣や生活様式を色濃く残しています。自然との調和のとれた配置が卓越した点から、1997年にはユネスコ世界遺産にも登録されました。



遺跡地・文化財

朝鮮王陵(チョソンワンヌン)
2009年6月にユネスコ世界文化遺産に登録された、「朝鮮王陵(チョソンワンヌン)」40基。1392年から518年間続いた朝鮮王朝の歴代王の墓です。ソウル近隣地域を中心に40基が点在、世界遺産からは除外されましたが、北朝鮮にも2基があります。遺跡としての価値に加え、祭礼が現在でも行われている点、詳細な記録物が残っている点などが評価されています。




<分布図内の朝鮮王陵> 1.長陵(1) 2.章陵(1) 3.坡州三陵(3) 4.西三陵(3) 5.西五陵(5)  6.温陵(1) 7.貞陵(1) 8.泰陵・康陵(2) 9.ウィ陵(1) 10.宣陵・靖陵(2) 11.ホン陵・仁陵(2) 12.東九陵(9) 13.光陵(1) 14.思陵(1) 15.洪陵・裕陵(2) 16.隆陵・健陵(2) 17.英陵・寧陵(2) 18.荘陵(1) ※1つの場所に複数の陵が集まっている場合がある。( )内は実際の陵の数。





西大門刑務所歴史館
地下鉄3号線独立門(トンニンムン)駅にある西大門独立公園には、歴史を感じる古びた建物があります。この建物こそが、韓国で最初にできた刑務所、西大門刑務所(ソデムン ヒョンムソ)。日本植民地時代の1908年、日本によって建てられたこの刑務所は、日本に抵抗する人々を監禁するために使用され、最大収監数はなんと3,200名。そんな植民地時代の歴史を知ることができる、西大門刑務所をご紹介します。






明洞聖堂(カトリック教会のシンボル)
巨大ビルや露店がひしめきあい、観光客に人気の明洞(ミョンドン)。カトリック教会のシンボルでもある明洞聖堂(ミョンドンソンダン)は、そんなソウルを代表する繁華街に厳かに佇んでいます。韓国では初めてゴシック様式で建てられ、国の史跡258号にも指定されている明洞聖堂は、フランス人のコスト神父の設計、監督のもと1892年に着工、そして6年の歳月をかけて1898年に完成しました。1970~1980年代の軍事政権時代には、民主化を求める運動家たちのアジトになったこともありました。約1年間に渡って老朽化に伴う補修工事が行われてきましたが、2008年12月に終了し、カトリック信者だけでなく一般の人にも広く開放されています。



宗廟(チョンミョ)
宗廟(チョンミョ)は朝鮮王朝歴代の王と王妃、およびに没後に位を贈られた王と王妃の神位(位牌)が安置されている王室の霊廟です。儒教思想に基づき造られた建物は、霊廟らしく控えめな装飾で素朴な印象を与えます。1995年には、その優れた建築様式と歴史性の高さから、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。 宗廟では毎年5月にある王室の祭礼儀式「宗廟大祭(チョンミョデジェ)」をはじめ、様々な儀式が今も厳粛に執り行われています。 宗廟は1394年、朝鮮王朝が漢陽(ハニャン、現在のソウル)に都を移した際に着工され、翌年完工しました。同時代の単一木造建築物としては世界最大規模を誇り、東西に伸びる珍しい建築様式が目を引きます。こうした造りは、国王らがこの世を去るたびに位牌を安置する空間を一室、一室増築してきたためです。



岩寺洞先史住居址
ソウル東部(江東地区)の岩寺洞(アムサドン)は約6000年前の石器時代の遺跡が残る地です。1925年の漢江(ハンガン)大洪水により砂地の下に埋もれていた「櫛文土器」が出土。新石器時代の重要な遺跡地帯として60年代から80年代にかけ大々的な発掘調査が行われました。現在は「岩寺洞先史住居址(ソンサチュゴジ)」として史跡第267号に指定され、出土品を展示した博物館や竪穴式住居の再現模型などが公開されています。





円丘壇
美しい3層八角形の建物を中心にした広場「円丘壇(ウォングダン)」は、朝鮮王朝最後の王・高宗(コジョン)が大韓帝国皇帝に即位した場所です。明洞(ミョンドン)・市庁(シチョン)エリアの高層ホテルに囲まれた一角にあり、誰でも自由に入ることができます。 当時皇帝が即位した祭祀用の建物「圜丘壇(ファングダン)」は日本統治時代に撤去されましたが、中央にそびえる建物「皇穹宇(ファングンウ)」と、正門である「石彫大門(ソッチョデムン)」、そして彫刻「石鼓(ソッコ)」の3つが現存しています。 「ウェスティン朝鮮ホテル」の正面玄関を横切り、小さな門をかがんで通り抜けると、正面にそびえたつのが皇穹宇(ファングンウ)です。極彩色の屋根や柱、屋根上に座る神獣、張り出した屋根が特徴の木造建築で、皇帝即位から2年後の1899年、「神位板」を奉安するために造られました。建物を囲む手すりには、ユニークな顔をした「ヘチ」という想像上の動物(神獣)が座り、四方を守っています。



雲峴宮(ウニョングン)
雲峴宮(ウニョングン)は、高宗(コジョン)と明成后(ミョンソンフ)の結婚式である嘉礼(ガレ)が行なわれたり、当時の最高権力者たちが集まり熱い議論を交わしたりするなど、朝鮮時代後期に重要な役割を果たした古宮です。 主人である、興宣大院君(フンソンデウォングン)イ・ハウン(1820-1898、高宗の父親)の生存時は、雲峴宮は他の王宮に匹敵するほどに荘厳だったといわれています。 今では昔の面影を残すのみの、小さな古宮となっていますが、嘉礼の再現を始めとする伝統行事を通して、当時の華やかさを垣間見ることができます。



奉恩寺(ポンウンサ)
奉恩寺(ポンウンサ)は1200年以上の歴史を誇る古刹で新羅時代の高僧緑会国師によって794年に建立されました。建立された当時は見性寺(キョンソンサ)という名称でしたが、1498年に奉恩寺と名称が変えられ、現在の江南区三成洞の修道山に移されました。朝鮮時代中期には、この奉恩寺で僧侶の科挙試験ともいわれる僧科試験が行われるようになり、さらにその名を馳せるようになりました。大韓仏教曹渓宗の総本山「曹渓寺(チョゲサ)」の末寺にあたります。 奉恩寺は、貿易センターやCOEX MALL(コエックス・モール)、観光ホテルなどからも程近く、商業、観光の中心地にある仏教寺院と言えます。現在の江南の様子からは想像もつきませんが、数十年前まではこの辺りは畑や森などが多く、奉恩寺も木々に囲まれた中に建っていました。 広い敷地内には大雄殿(デウンジョン)、板殿(パンジョン)、選仏殿(ソンブルジョン)、弥勒大仏(ミルッブルサン)、影閣(ヨンガッ)、霊山殿(ヨンサンジョン)、北極宝殿(ブックッボジョン)、花鍾閣(ファジョンガッ)などが建てられています。1939年の大火災の際に大部分が消失してしまったため、ほとんどの建物が復元・修復されたものです。



光化門(クァンファムン)
1395年、景福宮(キョンボックン)の完成とともに建立された光化門(クァンファムン)。 建立された当初は四正門(サジョンムン)と呼ばれ、今の光化門に名前が変わったのは1425年のことです。現在、光化門は本来の位置と建築様式に戻すべく復元工事中で、その姿を見ることは出来ません。完工は2010年の予定です。 建立された当時の光化門は、1592年、豊臣秀吉の朝鮮出兵により景福宮とともに焼失し、200年以上も時が流れた1864年に、景福宮の再建とともにその姿を取り戻しました。 しかし、日本植民地時代の1927年、朝鮮総督府により景福宮の東側に移転させられ、1950年の朝鮮戦争の時に再び焼失。その後1968年に復元されましたが、建立当時の位置・角度と違っているため、本来の姿に戻すべく2006年より復元工事が始まる運びとなったのでした。



普信閣(ポシンガク)
普信閣(ポシンガク)は、明洞に次ぐ繁華街、鍾路(チョンノ)にあって、古くからソウル市民に親しまれてきた史跡です。鍾路のランドマークとしては、今や普信閣の向かいに位置する、高さ33階を誇る「鍾路タワー」に取って代わられつつある印象も受けますが、別名「鍾閣(チョンガク)」と呼ばれ、鍾路の由来となった大きな鐘を有した普信閣は、今もその存在感を失っていません。 朝鮮時代(1392~1910)、東大門(興仁之門)と南大門(崇礼門)をはじめとするソウルの城門は、鐘の音を合図に門を開閉し、閉門時間帯は人の出入りが厳しく禁じられていました。そして、普信閣こそが、その定刻を告げる鐘つき堂だったのです。そのため、普信閣の鐘は歴史的価値が高く、国の宝物(国宝と重要文化財の中間に相当)第2号に指定されています。オリジナルの鐘は、傷が入り、これ以上鳴らすことが出来なくなったので、国立中央博物館に保管され、現在は1985年に新たに鋳造された鐘が取りつけられています。



曹渓寺(チョゲサ)
韓国で最も多く信仰されている宗教は仏教です。その最大宗派、曹渓宗の総本山である曹渓寺(チョゲサ)が仁寺洞(インサドン)にあります。 曹渓寺は、1395年に創建された寺院で、1910年までは覚皇寺(カックァンサ)、日本統治時代には太古寺(テゴサ)と呼ばれましたが、 1954年の仏教浄化以降、曹渓寺に改称されました。 今日の曹渓寺は、韓国仏教とその代表宗派である曹渓宗の主要寺院としての役目を果たしています。仏教行事の中心祭場として、法会や講座、祭祀などの儀式が一年中行われています。



崇礼門(スンネムン)
国宝第一号の「崇礼門(スンネムン)」は、1398年に城郭の正門として建立されました。「南大門(ナンデムン)」という通称で親しまれていますが、これは城郭に造られた8つの門のうちの一番南側にあったため、南大門と呼ばれるようになりました。 花崗岩(かこうがん)で造られた土台の上に木造の二重楼閣が建てられており、ソウルにある木造建築の中では韓国最古のものでした。ところが、2008年2月10日、突然の火災に見舞われ崩壊。現在、2012年までの予定で復元工事が行われています。韓国人のみならず多くの観光客に親しまれてきた名所であっただけに、国内外に大きな衝撃をもたらしました。



南怡島(ナミソム)
南怡島(ナミソム)は、ソウルから北東に約50kmの江原道(カンウォンド)春川(チュンチョン)市の北漢江に浮かぶ直径4kmほどの島です。島の船着場の近くに、李氏朝鮮王朝時代の将軍である南怡将軍のお墓があることから「南怡島」と言う名前がつきました。 南怡島はもともとレストラン、ホテル、美術館、ギャラリー、アスレチック遊具などがある自然に囲まれたレジャー観光地として韓国では有名でした。しかしドラマ「冬のソナタ」のヒット以降はロケ地として、ドラマの世界を求めて海外からたくさんのファンが訪れるようになりました。



ランドマーク

青瓦台(チョンワデ)
鮮やかなコバルトブルーの屋根瓦が印象的な大統領邸、青瓦台(チョンワデ)。周辺は常に厳重警備が敷かれ、一般人は近づきにくい雰囲気が漂っている青瓦台ですが、事前に予約すれば無料で観覧ツアーに参加することができます。韓国の小中学生の社会見学としても人気のこのツアーは、毎週火曜日~土曜日の1日4回実施され、青瓦台内の様々な建物を訪れます。国の最高権力者が執事や生活を行う場所に足を踏み入れる、貴重な体験ツアーをご紹介しましょう。